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仙台からのメッセージ

あの大震災からまもなく半年が経とうとしています。(8月末現在。)
被災地以外の人たちは、被災地は大分落ち着いたのだろうと感じているかもしれません。
しかし現状は、地震や津波、原発事故で住む場所を失くした人たちが
避難所から仮の住まいに移り住むことができたばかりです。
倒壊の危険があるような緊急を要した建物以外の修繕工事がやっと始まったばかりです。
郊外の大型スーパーマーケットがワンフロアで営業を再開したばかりです。
まだまだ、当たり前だった生活が徐々に戻りつつあるという段階にすぎません。
   
被害が甚大ではないとされたここ仙台でも、震災前の状態に戻ったとはとても言えません。
いえ、わたし達はあの震災を境に全てが大きく変わり、
元に戻ることなく生きてゆくことを余儀なくされているのです。
震災はもはや日常であり、震災のこと無くして今の生活を語ることはできません。
皆それぞれの悲しみや苦しみを抱えて、それらと共存して行くほかないのだと、
最近やっと気付いたばかりなのです。
   
「生き残ってしまった。」という悲しい言葉をある人から投げかけられました。
実際にそう思っている人も被災地では少なくありません。
生き残ったことが喜びではなく苦しみと考えてしまうという現実。
ただ生命を繋ぐだけでは人間は生きては行けないということにぶち当たりました。
日々の生活に喜びや楽しみが戻らなければ復興とはいえないのではないか、
そう考えるようになりました。
   
震災でお気に入りのうつわがたくさん割れてしまった人へ
自分だけのうつわを選んで手にする喜びを届けよう、と始まったのが「わののわ」でした。
6月に開催した「わののわ」では、心から楽しそうにうつわを選ぶ人を数多く目にしました。
もちろん全ての人の気持ちが「うつわ」によって救われるわけではありません。
でも「うつわ」によって幸せを感じる人がこんなにたくさんいるのだと、
とても驚かされた2日間でした。
大それたことはできません。
自分のできる範囲で身近な人々に喜びや楽しみを感じてもらえるお手伝いをするのが目標です。
日々の生活に根付いた「うつわ」で皆の気持ちに寄り添い続けられればと願うだけです。
   
これからも長く長く続く震災の影響。
被災した仙台に住むわたしだからこそ理解できる被災地の苦しみがあります。
被害が少なかった仙台に住むわたしだからこそ、外の世界へ向かって被災地の現状を
訴え続ける元気が残っています。
東北の玄関口とされる仙台で、「うつわ」とともに楽しさや喜びを分かち合う意味を
強く感じるようになりました。
   
大震災当日、我が家では幸いにして割れ残った陶器のうつわで食事をすることができました。
真っ暗闇の中、石油ストーブでリゾットを作りました。
今でもなぜかその時の気持ちをよく思い出すのです。
奇妙に映るかもしれませんが、とても幸せだと感じていました。
使い慣れたうつわと温かい食事が傍らにある安心感はとても大きなものだったのです。
どんなに辛い状況下でも少しの幸せが積み重なれば、
人は生きていけるのかもしれないと思うようになりました。
   
日常の当たり前のことは幸せなのだ。
お気に入りのうつわを選んで使うこともまた幸せのひとつなのだ。
日々の生活の幸せを少しでも取り戻すお手伝いができたら、こんなにうれしいことはありません。
仙台より(岩井博美)